赤じゃない!? 長崎街道で見つけた「黒いポスト」の正体

旧佐賀城下の黒いポスト

 レトロな街並みと写真映えする風景を求めて旅をする人にとって、長崎街道はまさにお宝の道ですよね。

 そんな江戸時代の面影を残す街道沿いに、ひっそりとたたずむ「黒いポスト」があるのをご存知ですか?

 赤ではなく黒、しかもちゃんと使える郵便ポストなのです。

 本記事では、この黒いポストに秘められた謎についてご紹介したいと思います。

黒いポストとは?

 長崎街道を北九州市小倉北区の常盤橋からスタートしますと、200mほど進んだところの左側に黒いポストがあります。

常盤橋付近の黒いポスト
撮影月:2019年6月

 私は2019年から2023年までの4年かけて長崎街道を小倉から長崎まで自転車で走破した経験がありまして、その際に9個の黒いポストを見つけました。

 この黒いポストは、いったい何者なのでしょうか?

長崎街道沿いに九州初の郵便局を設置

 黒いポストの前面には、以下の内容の説明が書いてありました。

長崎街道を新式郵便制度

長崎街道は、江戸時代において小倉・長崎間で25の宿場を結び、国内で唯一、海外への窓口を開く文明ロードとして発展しました。

個の街道に呼応するように、明治4年12月5日、九州で最初に長崎郵便役所と16の郵便取扱所が街道沿いに設置され、その後順次、九州全域に郵便局ネットワークが広がっていきました。

物流と情報尾野伝達手段として役割を果たしてきた長崎街道をふり返り、歴史文化を生かした地域の活性化がさらに推進されるよう願って、このポストを設置したものです。

 九州発の郵便局(当時は郵便役所や郵便取扱所)は、長崎街道沿いに設置されたそうです。その後、九州全域に広がっていきました。

 現在ある黒いポストは、史跡として設置されたんですね。

 ちなみに、日本郵政の公式サイトによりますと、日本初の郵便事業は、明治4年3月に東京ー大阪間で開始されたそうです。

 九州に郵便が来たのは、それから9か月後ということになります。

日本初のポストは黒かった

 では、なぜポストの色が黒なのでしょう。

 日本郵政の公式サイトによりますと、日本初のポストは木製の箱だったそうです。

 呼び名は郵便ポストではなく、「書状集め箱」。

 東京に12カ所、京都に5カ所、大阪に8カ所、東海道の宿場62カ所に設置されました。

出展:「郵政博物館」サイト

 明治5年になりますと、郵便が全国に広まって、郵便局の数も増えたため、たくさんのポストが必要になってきます。

 そこで作られたのが、黒いポストでした。呼び名は「郵便箱」。

出展:「郵政博物館」サイト

 というわけで、長崎街道沿いの黒いポストは、初期の頃の郵便ポスト(もしくは写真は公開されていないが現状の形をしたポストが当時あったのかもしれません)を模して作られたのだと思われます

長崎街道沿いにある黒いポストの設置場所

 最初の方に書きました通り、私が見つけた長崎街道沿いの黒いポストは9カ所でした。

 本記事では、この9カ所の黒いポストをご紹介していきます。

 下の地図は、私が走破した長崎街道のルートと見つけた黒いポストの場所を示したGoogleマップです。

 以下で、個々のポストをご紹介します。

常盤橋付近

 常盤橋から250mほど進みますと、左手にあります。

常盤橋付近の黒いポスト
撮影月:2019年6月

 辺りを見回してみましたが、郵便関係の施設は見当たりませんでした。

 昔は、この場所に郵便取扱所があったのかもしれませんね。 

木屋瀬宿付近

 小倉方面から木屋瀬宿に向かっていますと、もうすぐ木屋瀬宿の東構口跡だ、という場所に黒いポストがあります。

木屋瀬宿手前の黒いポスト
撮影月:2019年7月

 周りは閑静な住宅地でして、そばを笹尾川が流れています。

 昔は宿場町の構口付近ということで、人通りも多かったことでしょう。

飯塚宿

 飯塚市の本町商店街のアーケードを進んでいますと、福岡銀行飯塚本町支店の入り口(アーケード側)近くにありました。

飯塚宿の黒いポスト
撮影月:2019年7月

 この場所は飯塚宿の真ん中あたりに位置していまして、とても賑わっていた場所だと思われます。

内野宿

 内野宿のメインストリートからすこし外れたところに内野郵便局がありまして、その入り口付近にありました。

内野宿にある黒いポスト
撮影月:2022年4月

 やっぱり、ポストは郵便局のそばにあると馴染みますね。

 ここは、長崎街道の事前調査で把握できてなくて、完全にノーマークで通り過ぎてしまっていたポストです。

 ここへは、後日車で写真を撮りにきました。

田代宿

 田代宿の鎮守だった田代八坂神社の道路を挟んで反対側に鳥栖田代郵便局がありまして、その入り口付近に黒いポストはあります。

田代宿にある黒いポスト
撮影月:2023年10月

 このポストは、初めて田代宿を訪れたときは全く気付かずに素通りしてしまって、後で気づいて戻って撮影した思い出があります。

 写りが悪くてごめんなさい。

佐賀城下

 佐賀の城下町の構口から600mほど進みますと、佐賀市歴史民俗館がありまして、その入り口付近にありました。

旧佐賀城下の黒いポスト
撮影月:2022年4月

 資料館のそばにありましたので、見つけやすかったです。

塚崎宿

 塚崎宿内にあります長崎街道物語公園内に、黒いポストはありました。

塚崎宿にある黒いポスト
撮影月:2022年4月

 辺りは長崎街道一色の公園ですので、黒いポストも誇らしげに見えます。

大村城下

 大村市の本陣通り商店街アーケードの長崎方面の出入口付近に、黒いポストはありました。

大村城下にある黒いポスト
撮影月:2023年10月

 私だけかもしれませんが、なんか端の方に追いやられて居心地悪そうなポストに見えます。

長崎(旧県庁舎跡地付近)

 最後は、私が長崎街道の長崎側の起点としている旧長崎県庁舎跡の近くにありました。

長崎街道の長崎側起点付近にある黒いポスト
撮影月:2023年10月

 この場所は近くに出島があったという立地から、ものすごく人通りの多い場所だったと思われます。

 当初はここに長崎郵便役所があったのかと思ったのですが、実際は300mほど手前にありました「長崎東京間郵便線路開通起点之跡」の石碑付近に役所はあったそうです。

 黒いポストは昔の郵便施設があった場所に設置されているものだ考えていましたので、「長崎東京間郵便線路開通起点之跡」の場所にこそあってほしかったのですが。

 もしかしたら、昔の郵便施設のあった場所と現在の黒いポストの設置場所は関係ないのかなと思ってしまいました。

 いつか、このモヤモヤが消えてくれるような機会が訪れてくれれば良いのですが。

まとめ

 長崎街道といいますと参勤交代や異国との交易ルートなどで使われた道というイメージが強かったのですが、郵便で使われた道という側面もあったんですね。

 言われてみれば、時代劇などで街道沿いを飛脚が走っている場面を観たことがあります。だから、郵便で使われるのももっともな話です。

 長崎街道を訪れた際は、黒いポストを探してみてください。

 もし、本記事でご紹介した場所以外で長崎街道沿いの黒いポストを見つけた場合は、下の方のコメント欄からメッセージを頂けるとありがたいです。

 本サイトでは、別記事で長崎街道を実際に自転車で走破した様子を公開しております。

 よろしかったらご覧ください。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

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