仲宿八幡宮 – 神社仏閣巡り (北九州市)

仲宿八幡宮の拝殿
撮影月:2024年1月下旬

 仲宿八幡宮(なかやどはちまんぐう)は、ところどころに昔の面影が残っている閑静な住宅街の中にあります。

 近くに祇園町銀天街というアーケード付きの商店街があったのですが、2020年にアーケードは撤去されました。新日鉄(現在の日本製鉄)の街として栄えた場所のひとつでして、当時はかなりにぎわったそうです。

 撤去工事前の商店街には何度か行ったことありますが、アーケードがあるのと無いのとでは大違いですね。

 そんな街の一角に仲宿八幡宮はあります。

 本記事では、仲宿八幡宮の見どころなどをご紹介しております。

最新参拝日:2024年6月上旬

仲宿八幡宮の御祭神や由緒など

 仲宿八幡宮の御祭神やご由緒などについてご紹介します。

御祭神

 現地の御由緒書によりますと、仲宿八幡宮の主祭神は以下の3柱です。

名称読み方
足中津日子命(仲哀天皇)タラシナカツヒコノミコト
(チュウアイテンノウ)
息長足比売命(神功皇后)オキナガタラシヒメノミコト
(ジングウコウゴウ)
品陀和気命(応神天皇)ホムダワケノミコト
(オウジンテンノウ)

 相殿神として、以下も祀られています。

名称読み方
祇園・八束髪大神ギオン・ヤツカヒゲオオカミ
須佐之男命スサノオノミコト
奇名田姫命クシナダヒメノミコト
恵比須大神エビスオオカミ
事代主命コトシロヌシノミコト
伊古奈姫命イコナヒメノミコト
貴船神、金毘羅神、天満宮、龍王神・祖神熊鰐命 他

仲宿八幡宮の由緒(御神体について)

 境内の由緒書によりますと、仲宿八幡宮は、神功皇后が滞在されたこの地に、村人たちが祠を造って祀ったのが始まりだそうです。その祠を熊鰐の子孫の方々によって、代々受け継いできたとのことです。

 昭和15年に立派な社殿を建設したのですが、昭和20年に戦争で全焼してしまいました。その後、昭和36年に再建して現在に至っています。

 その由緒書の中に、以下の文章がありました。

(前略)

この仲宿りの地にご滞在の折、更暮山に登りて国見をなし、大蔵の勝田の森から竹竿を取りて戦の旗竿と為し、帆柱山の杉を取りて軍船を整えられたと言う。

(後略)

現地の御由緒案内板より引用

 神功皇后に興味のある方でしたら、上の内容がどこの場所のことかお分かりになると思います。

 「更暮山」は現在の皿倉山、「国見をなし」は皿倉山山頂付近にある国見岩から眺めたこと、「大蔵の勝田の森から竹竿」の部分は皿倉山の麓の町の大蔵(現在は勝山)にある勝山勝田神社付近の竹林から竹竿を取ったこと、「帆柱山の杉を取りて」は帆柱山の近くにある権現山の北面にある皇后杉、というように、神功皇后の伝承が残っている場所について書かれていました。

 各々の場所には、現在でも伝承が残されています。

 勝山勝田神社につきましては、別記事で解説しております。よろしかったらご覧ください。

伝説

 御由緒の説明のところで触れましたが、神功皇后が朝鮮征伐に向かう途中で、仲宿八幡宮がある地で宿泊(仲宿り)されたという伝承が残されているそうです。

 九州に入られた神功皇后には、案内役として崗(おか)の県主熊鰐が付いていました。仲宿八幡宮の宮司様は、なんとその熊鰐の子孫の方だそうです。

 いつかご縁がありましたら、ぜひお話を伺いたいと思います。

 ちなみに熊鰐の子孫の方は、遠賀郡岡垣町にもいらっしゃいます。

ご利益

 仲宿八幡宮の公式インスタによりますと、ご利益は「目標達成」だそうです。

 これについても、お話を伺いたいと思います。

仲宿八幡宮のご案内

 神社の境内をご紹介していきます。

本殿・拝殿

 仲宿八幡宮の拝殿です。

仲宿八幡宮の拝殿
撮影月:2024年6月上旬

 本殿は、木々に囲まれていてよく見えませんでした。

鳥居

 仲宿八幡宮の鳥居は、境内の北側に2基、東側に2期ありました。

 北側の鳥居です。

仲宿八幡宮の鳥居(北側)
撮影月:2024年1月下旬

 手前の鳥居は、大正五年、奥が大正十年に奉納されています。

 東側の鳥居です。

仲宿八幡宮の鳥居(東側)
撮影月:2024年1月下旬

 奥の鳥居には、文政十年(1927年)と記載がありました。

燈籠

 拝殿の手前の両脇に、1組の灯籠が並んでいます。

仲宿八幡宮の灯籠
撮影月:2024年1月下旬

 向かって左の灯籠には「八紘」、右の灯篭には「神威」と書かれていました。(黄色い矢印)

狛犬

 狛犬は、参道の両脇に鎮座しています。

仲宿八幡宮の狛犬
撮影月:2024年6月上旬
仲宿八幡宮の狛犬
撮影月:2024年6月上旬

社務所

 社務所は、拝殿の左側にあります。

仲宿八幡宮の社務所
撮影月:2024年6月上旬

境内社

 仲宿八幡宮には、以下の境内社があります。

名称備考
牛守神社御祭神:天之御中主神、跡田狭吾七命、おさよ命
(※現地御由緒書より)
稲荷神社
胎石(たいせき)神社御神体の奇石は神功皇后が崇めた石という伝承がある

 猿田彦大神の碑も複数ありますので、ゆっくり巡られてください。

その他の見どころ

 その他、境内にあります史跡や気になったところについてご紹介します。

宝永手水石

 黒田長政が日光東照宮に奉納する鳥居の額面石として、前田海岸から船で運ぼうとしたがひびが入ったため断念した、と伝わる石だそうです。

宝永手水石
撮影月:2024年1月下旬

 たしかにひびが入っていますが、どれが当時のひびかは分かりません。

宝永手水石のひび
撮影月:2024年1月下旬

仲宿八幡宮の情報

名称仲宿八幡宮
読み方ナカヤドハチマングウ
場所北九州市八幡東区祇園2丁目
種類神社
見学時間不明
料金無料
指定
駐車場境内に数台分のスペースあり
出入口は南側
アクセスJR八幡駅から約1.1km(徒歩約16分)
アクセス(車)国道3号線「桃園2丁目」交差点を南進
→「桃園球場前」交差点を左折
→「平野市民センター前」交差点から1つ目を左折(細い道)

※仲宿八幡宮の周りの道路は一方通行になっていますのでご注意ください
アクセス(公共)西鉄バス「平野市民センター」から約150m(徒歩約2分)
備考

地図

おわりに

 神功皇后には興味がありまして、各地の伝承地に実際に行ってみたりしています。

 仲宿八幡宮の御由緒に記載のあった勝山勝田神社や皿暮山、国見岩、皇后杉などは知っていて、皇后杉以外は実際に現地に行ったこともあるのですが、仲宿八幡宮は見落としていました。

 仲宿八幡宮の伝承を知ることで、複数の伝承地がつながってとても感動しました。

 新たに知ることができた狭吾七とおさよの伝承も、またどこかでつながるかもしれませんので、しっかりと心に留めておこうと思います。

 最後までお読みいただきありがとうございました!

(参考資料)

名称リンク
現地案内板

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